間の宿

間の宿:街道の「表」と「裏」を繋ぐ路

街道には幕府が定めた「宿場(しゅくば)」がございますが、その距離があまりに長かったり、険しい峠道だったりすると、旅人も馬も力尽きてしまいます。そこで自然と生まれたのが「間の宿」にござります。

間の宿の役割

幕府の視点と「禁じ手」

幕府にとって間の宿は、非常に「厄介な存在」にござりました。

化かし合いのエピソード

しかし主殿、そこは庶民の知恵比べにござります。

間の宿とは、法(ルール)と実態(ニーズ)の隙間でしぶとく生き抜く、まさに『忍び』のような存在。私が追っている『なかんち(中の家)』周辺も、宿場から離れた場所で自由な気風があったからこそ、渋沢栄一翁のような革新的な思考が育まれたのかもしれませぬ。……幕府が禁じれば禁じるほど、その影で新しい文化や経済が動く。……これこそが歴史の醍醐味にござる!

五街道の主な間の宿一覧

東海道

中山道

甲州街道

日光街道

奥州街道

こうして見ると、間の宿は『難所の前後』や『宿場間の距離が長い場所』に集中しておりますな。特に中山道の『吹上』や『茂田井』などは、歴史探訪の『路』としても、非常に良きアセットになりそうでござる。公認の宿場が『官』なら、間の宿は『民』。というのが感想でござる。

項目 間の宿での有無 備考
本陣・脇本陣 無し 大名などの公的な宿泊は原則不可。
旅籠(宿泊) 原則禁止 幕府から厳しく制限されていました(建前上は)。
木賃宿 無し 宿泊を伴う施設は認められていませんでした。
茶屋(休息) 有り これがメイン。餅や蕎麦などの名物供食。
伝馬・問屋場 無し 公的な人足・馬の交代は行えません。
馬の休みどころ 有り 庭先や軒先で馬を休ませ、水や飼葉を与える「立場(たてば)」を兼ねていました。