深谷宿
〒366-0825 埼玉県深谷市深谷町9−6
深谷宿は中山道で江戸から9番目の宿場町。
中仙道最大級の規模を誇った宿場町です。
熊谷方面から見返り松を得て、南側常夜燈を右手に そこから深谷宿内となります。
本陣1件
脇本陣4件
旅籠80軒前後
「熊谷宿で宿泊するより深谷宿まで足を伸ばそう。」
どんな時代でも男は馬鹿なものです。
中仙道最大級の盛り上がりを見せたのは、深谷宿の「飯盛女」の存在でした。
多くの旅籠にはこの飯盛女という遊女がおり、旅人の活気の原動力となったのです。
このため、宿場の特徴を浮世絵にした名所絵、歌川広重の木曽街道六十九次にはこの女たちが描かれています。
飯島本陣跡
飯島家は宝暦2年(1752年)から明治3年まで6代にわたり本陣職に従事し、明治政府による本陣廃絶令まで約300年、深谷宿本陣を機能させました。
上段の間(晩翠堂)、次の間などが現存しています。
本陣はこの飯島家以外にもあったとされますが、由緒ある方々、大名、公家、幕府役人といった高貴な身分の方々は「泊まり10件、休憩40件」と非常に少なく、本陣職では形成が成り立たず、ほとんどの方々は本職は別で本陣はこの要人が多い時だけ、機能していたというのが実態でした。
