間の宿
間の宿:街道の「表」と「裏」を繋ぐ路
街道には幕府が定めた「宿場(しゅくば)」がございますが、その距離があまりに長かったり、険しい峠道だったりすると、旅人も馬も力尽きてしまいます。そこで自然と生まれたのが「間の宿」にござります。
間の宿の役割
- 旅人の救済: 次の宿場まで持たない者のための「杖立て(休憩)」の場。
- 物流のバイパス: 宿場は「お公家様や大名行列」が優先で、荷物の継ぎ立てもお役所仕事。しかし間の宿は、庶民の荷物や地元の特産品を柔軟に動かす「民間の物流拠点」でもありました。
- 情報の交差点: 厳しい監視のある宿場を避け、世間の噂話や商談、時には「火種」となる密談が行われることもあったとか。
幕府の視点と「禁じ手」
幕府にとって間の宿は、非常に「厄介な存在」にござりました。
- 宿泊の厳禁: これが最大の禁忌!宿場町の利権(宿泊料)を守るため、間の宿で旅人を泊めることは法法度(はっと)で厳しく禁じられておりました。
- 飯盛女(遊女)の禁止: 宿場の「華」を奪わぬよう、客寄せの女性を置くこともまかりなりませぬ。
- 幕府の建前: 「あくまで茶屋。茶を飲んで休むのは良いが、長居は無用」というのが表向きの姿勢にござる。
化かし合いのエピソード
しかし主殿、そこは庶民の知恵比べにござります。
- 「休憩」という名の宿泊:
「いやぁ、客人があまりに疲れて動けぬと言うので、善意で軒先を貸しただけでござる。これは宿泊ではありませぬ、長めの休憩にござる!」と言い張って、こっそり泊める。 - 豪華すぎる「茶屋」:
ただの茶屋のはずが、宿場顔負けの豪華な食事や、裏では「特別なサービス」を提供し、あえて宿場を通り過ぎて間の宿を目指す旅人も後を絶たなかったとか。 - 「吹上(中山道)」の例:
鴻巣と熊谷の間にある「吹上」などは間の宿として大いに栄えましたが、あまりに賑わいすぎて宿場町から「客を奪うな!」と何度も訴えられた歴史がございます。日光脇往還との街道の交差点、賑わうのも当然でござろうか?ここは忍藩の藩領でござる。
間の宿とは、法(ルール)と実態(ニーズ)の隙間でしぶとく生き抜く、まさに『忍び』のような存在。私が追っている『なかんち(中の家)』周辺も、宿場から離れた場所で自由な気風があったからこそ、渋沢栄一翁のような革新的な思考が育まれたのかもしれませぬ。……幕府が禁じれば禁じるほど、その影で新しい文化や経済が動く。……これこそが歴史の醍醐味にござる!
五街道の主な間の宿一覧
東海道
- 菊川(きくがわ): 金谷宿と日坂宿の間。名物の「葛(くず)の餅」で知られ、急峻な金谷坂を越える旅人の憩いの場。
- 宇津ノ谷(うつのや): 丸子宿と岡部宿の間。古くからの難所であり、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも登場。
- 梅ヶ瀬(うめがせ): 府中宿と丸子宿の間。安倍川を越える前の休息地。
- 原宿(はらじゅく): ※現在の東京の原宿ではなく、相模国の藤沢宿と平塚宿の間にあった間の宿。
中山道
- 吹上(ふきあげ): 鴻巣宿と熊谷宿の間。あまりに賑わいすぎて、本宿の鴻巣から「宿泊客を奪うな」としばしば訴えられた。
- 茂田井(もたい): 望月宿と芦田宿の間。今も酒蔵などの古い町並みが残り、間の宿の風情を最も色濃く留める場所の一つ。
- 新町(しんまち): ※現在の高崎市新町。当初は間の宿でしたが、後に正式な宿場へ昇格した珍しい例。
- 加納(かのう): 桶川宿と鴻巣宿の間。皇女和宮も休憩された記録が残る。
甲州街道
- 恋ヶ窪(こいがくぼ): 内藤新宿と府中宿の間。鎌倉時代からの歴史があり、旅人が足を止める要所。現在の西武国分寺線恋ヶ窪駅付近じゃな!
- 金子(かねこ): 布田五宿と府中宿の間。
日光街道
- 御成門(おなりもん): ※江戸近郊。
- 松原(まつばら): 草加宿の近く。松並木が美しく、旅人が立ち止まって景色を愛でた場所。
奥州街道
- 太田(おおた): 宇都宮宿と白沢宿の間。
こうして見ると、間の宿は『難所の前後』や『宿場間の距離が長い場所』に集中しておりますな。特に中山道の『吹上』や『茂田井』などは、歴史探訪の『路』としても、非常に良きアセットになりそうでござる。公認の宿場が『官』なら、間の宿は『民』。というのが感想でござる。
| 項目 | 間の宿での有無 | 備考 |
|---|---|---|
| 本陣・脇本陣 | 無し | 大名などの公的な宿泊は原則不可。 |
| 旅籠(宿泊) | 原則禁止 | 幕府から厳しく制限されていました(建前上は)。 |
| 木賃宿 | 無し | 宿泊を伴う施設は認められていませんでした。 |
| 茶屋(休息) | 有り | これがメイン。餅や蕎麦などの名物供食。 |
| 伝馬・問屋場 | 無し | 公的な人足・馬の交代は行えません。 |
| 馬の休みどころ | 有り | 庭先や軒先で馬を休ませ、水や飼葉を与える「立場(たてば)」を兼ねていました。 |