愚禅(ぐぜん)の馬頭尊
〒355-0811 埼玉県比企郡滑川町羽尾
愚禅は享保十八年(一七三三)に丸貫村(吉見町)に生まれ羽尾村の旧家の養子となり、興長禅寺の癡天(ちてん)和尚によって剃髪した。十三歳で長州(山口県)功山寺に赴き修行した。宝暦十二年(一七六二)羽尾村にもどり、興長禅寺二十世住職となった。その後、永平寺(福井県・道元の開山)などで修行を積み、次第に名声が高まり、加賀の大乗寺(石川県・曹洞宗の名刹)の管主(かんしゅ)にもなった名僧(めいそう)である。付近の村人達からたびたび石塔の揮毫(きごう)を乞われた。
この馬頭尊の書は愚禅の地域にとけこんだ活躍を偲ばせるものであり、町内最大である。
(台上高二.五二m)

愚禅とは・・・・具江戸時代後期の曹洞宗の禅僧
加賀大乗寺の貫主などを務め、各地に多くの筆跡や石碑を残しました。雨乞いの逸話を持つ高僧として知られ、地域の文化や信仰に大きな影響を与えた人物です。