榊取素彦(かとりもとひこ)
〒758-0011 山口県萩市椿東354-1
文政12年(1829)、萩藩医松島瑞蟠(ずいばん)の次男として萩に生まれた。萩藩の海軍局頭人を務め、禁門の変後の第一次長州征討により斬首された松島剛蔵の弟。12歳の時に萩藩の儒者小田村吉平の養子となり、小田村伊之助と名乗った。藩校明倫館で儒学を講じ、嘉永6年(1853)吉田松陰の妹寿(ひさ)と結婚した。松陰の再入獄後は後継者として、松下村塾でも指導にあたった。慶応元年(1865)の四境戦争(幕長戦争)では幕府側との交渉にあたり、慶応3年藩命により楫取素彦と改名した。
明治9年(1876)初代群馬県令となり、同17年(1884)まで蚕糸業の振興や教育の充実に尽力し、名県令として慕われた。明治14年(1881)寿と死別後、同16年に松陰の妹で久坂玄瑞の未亡人文(美和子)と再婚した。その後、元老院議官、宮中顧問官、貴族院議員となり、正二位勲一等男爵に叙せられた。大正元年(1912)没、享年84
